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京橋~神田、お散歩写真

2018年06月02日 00:00

Tokyo Snap

Tokyo Snap


Sony α6000, Nikon Series E Zoom 36-72mmF3.5


※ブログに視覚要素を加えるlightboxを導入しています。上記画像をクリックすると少し大きな画像をポップアップして見る事が出来、暗くなった部分をクリックするか、画像下部のCloseをクリックすると元に戻ります。



ゴールデンウィークに銀座を訪れ、お洒落な東京の街を撮影しようと思ったらお祭りに出くわし、人が思った以上に多く、だったらこの時期、人がいないであろう京橋へ向かった。今日はこの日のお散歩写真から幾つか・・・。

お散歩写真ではほとんど目的を持たない。「XX方面へ行こう」と思う程度で終点は考えていない。この日は銀座を離れて北へ向かおうと思っただけで、そうなると必然的に京橋を目指し、帰宅時間に神田にいたのでそこが終点になっただけ。

また行き先が定まっていても、例えば京橋から神田をお散歩しよう、そう考えていても時には全く異なる方へ向かい、人形町を経て隅田川を渡ってしまったりもする。そんな時は恐らく帰りが楽、JRのある両国が終点になったりする。

一応、京橋から神田と言えば真の江戸下町であるが、実は下町風情を感じられる風景は非常に少ない。ただの雑居ビル群をひたすら見るだけ。

神田まで行き、界隈を隅から隅まで歩き通せばそこそこ下町風景を切り取れるものの、この日は神田駅が終点。と言うのもオッサンになると常にどこかが痛い。

4月中旬に左膝を捻ってしまい、それを庇いながら歩いていたら今度は右膝が壊れた。そして今度は右膝を庇いながら歩いていたせいだろう、再び左膝が壊れた。運良く右膝の痛みはすでに治まっているが、左膝の痛みは全く引かずにこの日はロキソニン湿布を貼ってのお出掛けだったんだ。右膝は鵞足炎の症状でほぼ完治しているのだが、左膝は筋なのか膝そのものなのか、良く判らず、今も痛い。

有楽町駅から数寄屋橋まで行き、そこからおおよそ昭和通りに沿って弧を描きながら神田駅に戻る、そんなルートで5キロ程のお散歩写真。

この昭和通り界隈は町名は江戸時代であるが、下町風情は全く無い。別に下町風情を求めてそこを歩いた訳でなく、普段歩かないルートを膝の痛みと相談しながら歩いていたので出たとこ勝負と言うか、是が非でも良い風景を収めようと思った訳ではなかった。

銀座界隈で撮影したのはほんの数枚。

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銀座の面白さはショーウィンドウにある。造り手のセンスや大胆さが楽しめる。撮り手は単にそれを切り取るだけなのでこれを自分の表現だとは決して言えないものの、数ヶ月に一度は訪れて、ショーウィンドウを楽しむ、そんなお散歩写真は「あり」だ。

それでもこの日はとっとと銀座を後にする・・・。


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上は京橋のモニュメント。親柱と言うのかな?。調べると界隈にはその時代毎の親柱が3つあるらしい。今回撮影したものは大正11年に竣工された親柱との事。他の2つはその1つ前、明治8年のものらしい。

それでは京橋から神田まで江戸、下町風情溢れる風景をどうぞ・・・、ってな訳には行かない。何度も申し上げている通り、この界隈には下町臭さはほとんどない。中途半端な昭和後期の雑居ビル群を前後左右に見るだけ。それでも幾つか古臭い風景や反対に「おやおや、ちょっとお洒落じゃない?」、そんな風景に出会えた。

次の風景は面白かった。


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右のジュースの自販機は本物だとすぐに判った。しかし中央のタバコの自販機、「たばこ」の看板があるので本物だろうとは思ったが、この位置に来るまで騙し絵なのか本物の自販機なのか判らなかったんだ。

どう見てもデザインで見せるビルではなく、ここまでして自販機でジュースやタバコを売るのは割に合わない気がする。何かの制限で路上に自販機を置けないのかな?。

次に京橋、日本橋周辺の風景を4枚。

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そして金融ビジネス街の兜町へ。ちなみに兜町と言う地名、住所は存在しない。正しくは「日本橋兜町」である。私には全く関係の無い地域。いつもこの辺りを散策する時は日本橋、もしくは江戸橋を渡って日本橋川の向こうに進むので、多分、フィルム時代も含めて初めて訪れたんじゃなかろうか?。

何しろ「へぇ、ここがあの証券取引所かね!」と思わず観光客っぽく写真を撮っちまったのだから・・・。


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この証券取引所の目の前には兜神社がある。普段は神主もいないとっても小さな神社だが、証券マンや株取引を生業としている人々がお参りするのだろうな。この日も、如何にもお金持ち!、そんな上品なおばちゃんが手を合わせていた。

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次の2枚は兜町に掛かる鎧橋のモニュメントと辺りに転がっていたゴミ。このゴミ、一見タバコの吸殻に見えるが、大量の印鑑だ。そしてその横には「池田町史」なる書籍が4冊もあった。調べてみると徳島県の池田町だ。そう!、元巨人、金太郎と言われた水野の出身校、高校野球の名門、池田高校のある池田町のようだ。何故、池田町の歴史が書かれた本と印鑑が捨てられていたのか?、不思議だ。

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その後、日本橋人形町をかすめつつ、日本橋小船町、日本橋堀留町、日本橋室町を経て神田駅に向かったのだった。

その中で唯一下町っぽいと思った風景が次の2枚。

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左の写真は下町の代名詞、昭和時代の商店に良く存在した看板建築。恐らく2軒の長屋になっているのだろうが、このお洒落感は何だろう?。大正ロマンを感じたりする(看板建築が始まったのは関東大震災後の大正末期と言われている)。

右の写真はいわゆる路地。注目したいのがドブ(排水溝)が中央にある。例外もあるが(明治以後に造られた中央にドブのある路地も多数ある)、神田と言う土地柄、この路地は江戸時代のままだと推測出来る。


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コメント

  1. ピンぼけ小僧 | URL | es1fYYdE

     東京オリンピックは東京から昭和情景を急速に奪いつつあります。
    月島は街の半分を高層化する工事の真っ最中で、佃も古い家が壊されマンション建設が始まります。
    築地市場の豊洲移転は、この辺りの再開発を促進して、全く違う街が出来上がってしまうのでしょう。
     私が住む地域でも中小規模マンションの建設ラッシュです、裏道沿いに8階だ11階だというマンションが建つようです。日照権とかどうなっているのか?疑問です。
     時間があったら近所を撮っていますが、いつの間にか建物が壊されてマンション建設ってのもよくあります。さてさてこの狂想曲はどうなっていくことやら。。。。。。

  2. BigDaddy | URL | -

    > ピンぼけ小僧 さん

    仰る通り、2年後には月島や佃も含め、湾岸地域は下町風情は壊滅するでしょうね。80年代後半から90年代前半はバブルで同じように湾岸地域が開発されましたが、例えば品川、田町とか神奈川なら本牧辺りはまだ昭和な風景が残っており、楽しめたのですが、2年後はどこも駄目でしょうね。

    下町、昭和風景を望むのなら東京でも西部、北部に行かないと。でもそんなあちこち行くのならいっその事、多摩地区、埼玉、千葉県まで足を伸ばした方が遥かに昭和を堪能出来、東京の町はいずれノスタルジックな風景を撮るには相応しくない場所になるんでしょうね。

    最近ネタが思い浮かばないので、数年前の写真を引っ張り出して昭和風景ネタでもやろうかなぁ・・・。

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