今日は屁理屈気味なので最初に嘉右衛門町の風景を紹介しちゃおう!。文章は文章でちゃんと読んで頂き、共感を得たい、でも一応は写真ブログなのでまずは写真で共感して頂けたらと思っている。割と良い感じの組写真になっていると思うのだが・・・。
さて!、今日もレンズのお話をば!。
35mmや28mmと言った広角系のレンズの欠点って何か?。
「樽型の歪曲!」
そんな思考は今の時代意味がない。現行のレンズはその辺は程良く修正されているし、RAWから現像するにせよ、補正情報を元にキッチリと歪曲を整えてくれる。オールドレンズであってもLightroomやRawTherapeeを使用する、これが条件であるが、多くレンズの補正用プロファイルが海外の有志達によって作られている。補正プロファイルがなくても手動で如何様にもなる。
歪曲がねぇ~・・・、そうほざいているカメラマンはオールドレンズを利用している癖に撮って出しJPGで満足しているような中途半端な人間でしかない。
オールドレンズ愛好家の中には「歪曲も味のうち!」と一切修正を加えない方もいるようだが、単に自己陶酔しているに過ぎない。他人が見たら広角レンズの樽型、望遠レンズの糸巻きな歪曲は不快でしかない。どんなに優れた風景、どんなに卓越したテクニックを持って撮影しても駄作!。歪曲して良いのは魚眼レンズで撮られた風景だけ!。
では欠点とは?。なぁに単純だ。
「撮りたい風景、被写体にしっかりと近付かないと無駄なものばかりが写ってしまう事」
この手の話になると毎度、Ricoh GR使いに対して悪口をかましまくる。今回もかましちゃおう!。GRは35mm換算28mmの画角を持つ。ネットでGRで撮影された写真を見ても28mmを28mmらしく上手に撮影している人は多くはない。無駄なものばかり写っている写真を結構の頻度で見せられてしまう。本人はそれで納得しているのだろうが、一般論として「あんた、結局、何を撮りたかったの?」って風景(特に街中、お散歩写真系において)が実に多い。寄り切れていないんだ。
観点を少々変えてみようかな。
同じ人間が28mmレンズだけでお散歩写真した時とズームレンズでお散歩した時とでどちがら優れた写真を多く撮れるか?、もしくはどちらが苦労せずに良いカットを多くモノに出来るか?。誰がどう考えても後者でしょう。ズームレンズは自分が考えた風景をズームリングを回すだけで決定出来るけれど、28mmレンズはとにもかくにも寄らなくちゃどうにもならない。
「カメラマンは足を使え!、上手になる秘訣は足だ!」
これは昭和の思考でしかない。これがまかり通るのなら何故単焦点レンズは廃れた?。何故プロカメラマンでさえズームレンズを多用する?。プロの場合、良い写真を撮れるから凄いのではない。写真と言う分野は写真撮影の基礎知識とちょっとしたセンス、そして良い風景、被写体のある場所に頻繁に行ける、これだけで小学生でも良い写真を得られる。プロは失敗がないから凄いのである。失敗をしない為には技量や経験値の他、どんなシチュエーション、風景でも対応出来る機材を所持するしかない。となるとズームレンズがメインになるのは至極当たり前。
足を使え、これは間違いではない。ズームレンズを使用していても撮影前に「この風景なら近寄って広角表現を、この風景なら望遠にズームして引き寄せ効果を利用して・・・」、そんな思考の中で焦点距離を決めるべきである。でないと「ズームレンズあるある」として狭い場所では最広角を、遠い風景を最望遠で、そんな撮影ばかりしちゃう。
しかし常に焦点距離を意識するのは所詮無理!。便利過ぎるからみんながズームレンズを使うのだから!。私だってこんな偉そうな事を言っていても特に自然風景を写す時は焦点距離なんて無視!、思い描いた風景を画角、ズーミングだけで切り取っている。ネイチャー系の風景となると撮りたい風景に近寄れない、離れられない、そんな時の方が圧倒的に多いからだ。山でも海でもそうでしょう?。
街中でのお散歩写真はズームレンズでなくともなんとかなる。GRだけで撮影すると28mmと言う画角、パースにマッチした風景だけを撮っていれば良いのだから・・・。
ところがこれを体現しようとすると必ず「見なかった事にする風景」が出てきてしまう。マッチする風景が多く見つかれば良いけれど、そうでなかったらどうにもならない、それが広角レンズ。
フィルム時代は1枚パチリする毎にお金が掛かった。だから金持ちのボンボンを除けばみんな吟味に吟味を重ねて撮影対象を選んでいたから「見なかった事にする風景」が多く出てくる。だからこそ単焦点レンズ派でも広角、標準、望遠・・・、24mm、50mm、100mmとか28mm、50mm、135mmとか35mm、85mm、200mm、そんな3本セットで撮影に挑む。
でも気軽なお散歩写真ともなるとカメラ1台、レンズ1本でウロチョロしたい。当時はフィルム1本の中で納得行く写真が数枚撮れればしめたもの。そんな意識もあったから28mmレンズ1本でお散歩写真をしていて見なかった事にした風景が多くても、「これは行ける!」と踏んでパチリした割には駄作だったにしても多くのカメラマンは納得していた。フィルム5本を消費したら最低10枚、欲を出して20枚満足する風景を写せれば良かったのだから。
それが今では現像やプリントにお金を掛ける時代じゃなくなった。失敗してもお金が掛からないから気になった風景を見つけたらその場ですぐにパチリしちゃう。しかも今撮影した風景を即座にネットに掲載出来ちゃったりもするから、己に厳しく結果を問う事すらしないカメラマンも増えてきたのではなかろうか?。駄作なのにどんどん公開しちゃう。
だからネット上では28mmと言う比較的難しい画角だけで勝負せねばならないGRで撮影された駄作がウジャウジャ見つけられちゃう。勿論、上手い人は上手いよ。でも「この人、良い写真撮るなぁ~」と感じる場合、大半が別にGRじゃなてくも良い風景なんだ。どんなレンズを使っても美しく素晴らしく見える風景を撮っているんだな。「写真が上手」、これは、、、
「誰もが認める優れた風景、共感出来る風景を目の前にしている」
この要素が無茶苦茶高い。しかもそういう写真を多く撮影出来ているカメラマンは運だけではなく、長い時間、期間粘ってこその光線具合がこれ以上ない程素晴らしい風景となる。
そうなるともはやテクニックではないでしょう?。どれだけ美しい風景に巡り会えるか、そしてじっくりと腰を据えて最高の瞬間まで待てるかだ、ある程度のテクニック、センスは必要とするが、詰まるところ「根性」、これが一番大切。これがある奴こそ優れた写真を撮れる。もう一度書こう。GRで優れた写真を見た、でもそれは根性のあるカメラマンがたまたまGRを使っていたに過ぎない。
現実には滅多やたらにそんな美しい風景に巡り会える筈もない。しかも地元の利、富士山が美しく見える、もしくは富士山麓に住んで毎日のように富士山と対峙出来る、そんなカメラマンに普段富士山を見る事が出来ない我々が勝てる要素は運を除けばひとつもない。
そこで東京に住む私は考えた。地元の利、東京を撮る事・・・。やがて題材が「東京」から「人の住む町」となる。そうなると地元の利はあまり関係なく、地方の町、村、集落でも構わない。行った先々で自分が好きな町の風景を写していれば良いのだから。
そして私自身は「町」を写すには50mmレンズが最適だと結論付け、フィルム時代から町撮りには50mmレンズばかりを使っている。ところが
前回記事に書いたように時折、何となく?、日干し?、そんな兼ね合いから苦手な広角レンズ(とは言え比較的簡単に扱える35mmレンズ)で頑張ろうとしちゃう。
当初は35mmと75-150mmの2本体制、凖広角と中望遠、そんな狙いであったが、これまた何となく、、、
「35mmレンズで行けるんだったらずっと35mmレンズでいいじゃん!」
そんな気になってしまい、かなり頑張って35mmレンズで通した。ところが・・・。ここで最初の言葉、広角レンズの欠点。
「撮りたい風景、被写体にしっかりと近付かないと無駄なものばかりが写ってしまう事」
これにぶち当たる。これがいつでも行こうと思えば行ける東京都心部の風景なら「見なかった事」にする。でも栃木県で撮影しているのと、その日じゃないと撮れない風景だった。だから75-150mmレンズをセットしたところ今度は画角が狭過ぎた。結局50mmレンズの登場と相成ったのだった。そしてふと思う。「何となく」であり「日干し」の意味で35mmレンズを持ち出したが、撮影している風景は全て50mmレンズで賄えるのだから無理する必要はねえよなと。これじゃぁ、、、
「GR使いはいつも無理をして写真を撮っている。28mmと言う画角が苦なんだろ?。格好つけずに吐露しなよ!、ホントはGR IIIxの換算40mmの画角が欲しくて欲しくてたまらんだろう?」
そんなGRの悪口を叩いている自分。もはやミイラ取りがミイラになっちまっているんだな!。
先日も書いたのだけどフィルム時代、アマチュアに多大な影響をもたらした2人の広角レンズ使いがいた。私個人はこの2人と感性が全く異なっていたのでぶっちゃけ「こいつらの写真、毎回とっ散らかってるなぁ、プロの癖にセンスねえなあ!」と思っていた。でも世間では評判が良かったようで・・・。ヘタウマ写真とでも言うのかな?。とにかく一部の見栄っ張りに受けちゃった。
さらにRicohがGR1、MinoltaからはTC-1、Nikonが28Tiと言った28mmレンズを搭載した高級コンパクトカメラを出してこれがこれまた玄人な見栄っ張りに受けちゃった。Ricohに至っては超広角の21mmレンズのGR21まで出しちゃった。それから、、、
「広角レンズを扱えるようなれば立派なカメラマン、広角レンズを標準とするのがお洒落!」
そんな意識がアマチュア界全体に広がっていったような気がするんだ。でもこれって勘違いだからね。いや、広角レンズを上手に扱えればそりゃぁ立派だ。でもやみくみに広角レンズばかりを使おうとするのが過ちなんだ。
さらに上を行く玄人は28mmレンズじゃなく35mm前後のレンズを搭載してコンパクトカメラに触手を伸ばしていく。それがKonicaのヘキサーだったり、Nikokn 35Tiだったり、Contax Tシリーズだったり・・・。彼らは知っていた。28mmレンズだけで風景を切り取るのは無理があると・・・。
フィルム時代の広角レンズを搭載した高級コンパクトカメラがどんなコンセプトの上で商品として世に出たかを知る術はないものの、元々はプロカメラマンがサブカメラとしてポケットから気軽に取り出せて手元の日常を写せる便利さから出てきた商品だった筈。それがGR1の前身であるRicoh R1(30mmレンズ)だったりFujifilmのティアラ(28mmレンズ)だったと記憶している。
つまり、広角レンズ搭載のコンパクトカメラだけで写真を撮ろうってんではなく、メインは一眼レフ、ちょっとした仕事の合間にこれらを使ってスナップを!・・・、そんな用途だった。それがいつしかそれだけをポケットの忍ばせて街角スナップするのがお洒落になっちまったんだな。
確かに馬鹿でかい一眼レフでパチパチしているより、ポケットからササッと出してパチリ、スマートではあろう。若い世代で大ブームとなった「写ルンです」と言ったレンズ付きフィルムや現代のスマホ感覚にも近い。お洒落と言われればお洒落だ。でもそれには撮影された写真も格好良くなくちゃならない。
良くコメントをし合うブログ主でLeica Q2使いの方がいらっしゃる。28mmレンズ搭載だ。おっと!、この方にこの文章を読まれたら立腹されるに違いない!。ヤバイか?。
いえいえ!。私は金銭的な面でLeicaのカメラには興味はないのだが、さすがLeica。このカメラ、クロップ前提で作られているんだ。元が4730万画素、35mmクロップで3000万画素、50mmクロップで1500万画素、楽勝でA3以上のプリントが可能だ。75mmクロップでは700万画素と若干微妙な数字だが、A4プリントのクオリティはあるし、ほぼ4Kだから十分と言えば十分(クロップしてもRAWは最大画素の4730万画素を保持しているみたい)。
勿論、Q2使いの中には「何がなんでも28mmで撮る!」なる方もいらっしゃるだろうが、そこはフィルム時代のレンジファインダー機のように28、35m、50mm、75mmを楽しむ、それこそがお洒落だと感じているし、だからこそのLeicha Q2なだ。何しろファインダーはかつてのレンジファインダー機らしい仕様になっているからカメラを構えただけでフィルム時代の古(いにしえ)を忍ぶ事が出来ちゃう。
さらには後継機のQ3は6000万画素にスケールアップされ、35mmで3900万画素、50mmで1900万画素、75mmで800万画素となり、常に4K以上のJPGを出力出来てしまう(90mmクロップも追加されそれは600万画素、これでもA4プリントなら全く問題はないし、今のRAW現像ソフトウェアのクオリティならA3でも問題なくプリント出来る筈)。
実はだいぶ前の話、FujifilmのX100シリーズと言う換算35mmのレンズ一体式のカメラ、画素数が2400万にアップしたX100Fの時、「なんか欲しいかも・・・」、ふと思った時期があった。今回の嘉右衛門町でのスナップも35mmレンズを多く使っており、50mmレンズよりは寄らなくちゃならないので苦手ではあるが、35mmレンズだけでお散歩もしようと思えば可能だし、2400万画素だったら50mm前後までのクロップでも遜色ない。
ところがこのカメラ、手ブレ補正が付いていないのだな。どうやら現行のX100Vですら手ブレ補正がないみたいで・・・。もし将来、X100シリーズの新型に手ブレ補正が付加されかつX-T5以上の画素数を持つセンサーが搭載されたらクロップもLeica Q2とほぼ同じ感覚になる。これで35万円以下に価格を抑えられたらプアマンズQ2として小金持ちには人気が出るんじゃなかろうか?。まぁ35万出すのだったらNikon Zfに40mmF2か50mmF1.8を買うけどね・・・。
そろそろ終わりにしようかな。うん?、今日の結論はなんだったんだ?。まぁ屁理屈って事で・・・。
嘉右衛門町ネタは今回で終了。次回からは初夏の旅を掲載するつもりだったが、撮影した写真を見ている限り、春らしい絵はあんまりないのだな。この際だから先日訪れた群馬県の紅葉の旅、季節的にタイムリーだからそっちを先に掲載するべきか?。ちょっと考え中・・・。
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