2021年06月04日 00:00
気の緩み?、またコロナの話かいな?。コロナの気の緩み、この場合の「我々」は「国民」であるが、今日の「我々」は「カメラマン、写真を趣味とする者」を指す!。
まずひとつ。写真と言う趣味は機材に面倒な事を全てお願いするのだから、写真の基本中の基本である露出、構図、被写界深度、この辺を丸一日掛けて教え込めばデジタル時代の今、小学生でも優れた写真を撮れてしまう。つまり「我々」は小学生でも撮れちゃう風景に一喜一憂しているに過ぎない。
カメラの歴史は如何に面倒な作業を自動化するか、その繰り返しだ。最初はカメラに露出計を持たせた。世界初がツァイスのコンタフレックス。そして一眼レフでレンズから入ってくる光を測光する方式の世界初がトプコンのREスーパー。これが1963年との事。
このカメラ内露出はどんどんと進化し、平均測光からスポット測光、中央部分測光、中央重点測光、そして現在の多分割測光に至る。この多分割測光は今も尚、不完全で発展途上にあり、近い将来、AIを用いてさらに進化して行くのだろう。
そしてこれは露出計としての機能だけではなく、オートエクスポージャー(AE)に発展した。内蔵露出計が測光した露出を絞り優先AE、シャッター優先AE、プログラムAEと言ったように自動的にカメラにセットしてくれる。さらにカメラマンの意思により、カメラがセットした露出をプラス側、マイナス側に補正出来るシステムを造り出した。
次の進化はカメラの目だ。フォーカスを自動制御、そう、オートフォーカス(AF)である。今では当たり前だが1980年代前半まではみんなレンズをクリクリしながらファインダーを見ながら自分の目で合わせるしかなかった(私自身はAFカメラから入った)。
そのオートフォーカスは測距点にあるものを追従してくれるコンティニュアスモードを備えるようになり、スポーツや鉄道、鳥と言った撮影を容易にしてくれるようになって行く。
1990年代、Canonは視線入力AFを造った。EOS5、EOS55、そしてEOS-3に採用され、私はEOS-3でその恩恵に預かった。EOS5とEOS55のそれは全く使い物にならず、一度も使っていない(そもそも測距点5つしかないので視線入力する必要がない)。でもEOS-3は測距点が40個くらいあったのかな?、恐らく中央部分測光域以上をカバーしていた筈。そして上手く私の目にEOS-3の視線入力機能がマッチし、笑っちゃうくらい任意の測距点を選択してくれ、これほどAFを楽に扱えた楽なカメラは後にも先にもこのカメラだけ。
デジタル時代になってAFはさらに進化した。瞳AFだ。今では動物の目にもしっかり合わせてくれるらしい。加えて一度被写体を捉えたらフォーカスエリアを外れても追従してくれる。これはポートレート専科、動物専科には最高のAFだろう。
面白いところでLumixが造り出したタッチパッドAF。背面液晶をタッチするだけでフォーカスエリアを選択出来る。これは便利な筈だったのだけど、左目でファインダーを覗くタイプのカメラマンには不向きだった。鼻先が液晶に当たってしまうからだ。GX7で色々と試行錯誤しながらタッチパッドAFを使っていたが、無念、諦めました・・・。
AE、AFが当たり前、しかも今のミラーレスカメラ(スマホ、コンデジ含む)はモニター、もしくはファインダーで仕上がりを見ながらの写真を撮っている事になる。光学ファインダーの一眼レフカメラであっても多くのカメラマンは撮影直後にモニターで確認、そこでミスを発見したら再びカメラを構える。
そう考えるとスマホだろうがコンデジだろうが本格的なレンズ交換式カメラだろうが、もはやフィルム時代の緊張感なんて皆無ではなかろうか?。
今、フィルムカメラが密かなブームならしい。まぁ「密かなブーム」ってのはマスコミが勝手に考え出したマジックワードでしかなく、実は全くブームにはなっていない、ならないのが常で、あちこちで流行っている訳ではないが、それでも若い世代を中心に需要が上がってきたらしい。
でもどうやら大半の人がネガフィルムを使っているみたい。いやぁ、勿体ない!。ネガフィルムを否定するつもりはないが、せっかくフィルムカメラ、銀塩写真に臨むのならばファッション感覚だけではなく、写真の基礎をしっかりと学んで欲しかったりする。
単体露出計やスポットメーターを用いて、MFレンズで自分の目でピントを合わせろ!、とは言わない。AE、AF内蔵カメラで十分。でも「露出とはなんぞや?、ハイライトとシャドーと何?」、これを理解する為に是非リバーサルフィルムを使って頂きたい。
リバーサルフィルムで表現出来るのは5~6EV、ダイナミックレンジが物凄く狭い。この範囲内でどうやって風景をものにするか?、これをマスターすれば技術は勿論の事、感性までも成長すると言い切っても良いだろう。
輝度差の激しい風景を目にした際、ハイライトを捨てるのか?、シャドーを捨てるのか?、フィルム時代はこれを瞬時で判断していた。どう足掻いても良い写真にならないと結論付けると「見なかった事」にする風景も出てくる訳だ。
デジタル写真ならそんな風景でもカメラのバッテリーとメモリカードが許す限り、パチパチすりゃ良いが、フィルムは1コマ幾らである。現時点だとフィルム代+現像代で35mm判リバーサルフィルムで1コマ50円以上。この50円を有効に使うか、無駄にするか、ここにカメラマンの性格が現れる。
見なかった事にするしかない風景の多くは逆光か半逆光だ。逆光だからこそ美しい風景もあるが、そうでなく、その風景そのもの、例えばトレッキングに見事な滝を見つけた、こりゃぁ名瀑だ!、どうしてもこの滝をものにしたい!、そう感じたらどうする?。
デジタルならダイナミックレンジが広いカメラで写し、RAWから再現像を試みてハイライトを落とすかシャドーを持ち上げるかすれば良いだろうし、それでも飛んだり潰れたりするのならHDRなる手法で解決する。でもフィルムカメラ、銀塩写真ではそうも行かない。どうすりゃいい?。なぁに簡単だ。順光になる時間帯に、もしくは曇天日に再訪すれれば良い。ここで身に付くのが根性だ。絶対にこの風景が欲しいと思ったらものにするまで何度も通う!。
リバーサルフィルムで失敗を繰り返すと、それが経験となり、カメラを構えずともどう撮れるかが判ってくる(だから見なかった事にする風景が増えていく)。その経験はデジタルカメラで必ず活きる!。幾らダイナミックレンジの広いカメラでも撮って出しJPGはフィルムライクな風景にする為、ダイナミックレンジをわざと狭くした絵を作る。これはどのメーカーも一緒。
当然撮って出しJPGだけではデジタルカメラであっても見なかった事にする風景が出てくる。でもリバーサルフィルムを経験しているとハイライトがどの程度飛ぶか、シャドーがどれくらい潰れるかが判ってきて、再現像でどう調整するかが見えてくるし、風景を目の前にしただけで「これは輝度差があり過ぎ!、HDRしかないね!」と判ってくるようになるだろう。そして再現像(もしくはHDR時に)具合の良い写真になるように露出をコントロールして撮影するようになる。
先日、スマホでニュースを見ていたらILFORDがコンパクトカメラを出したってさ!。へぇ、どんなもん?。
シンプル操作のフィルムカメラ「ILFORD SPRITE 35-II」。4,620円
な~んだ、1枚構成31mmレンズ搭載で絞りはF9、トイカメラだ。要するに「写ルンです」の筐体がしっかりしたプラスチックになって、かつ自分でフィルム交換出来るようになっただけ。
動画を見る限り、周辺光量もあったり歪曲も抑えられているようでHolgaのトイカメラと一線を画すカメラ。お洒落感覚で銀塩写真を撮るのならお値段も安いし、フィルムカメラ入門には良いかも知れない。でもフィルムカメラの楽しさはそこから先にあるんだと思う。
うちのブログにどれだけフィルムカメラに興味を持たれている方がいらっしゃるか?。多分ほとんどいないと思うのだが、万が一、この記事を読んだ「これからフィルムカメラやってみたいなぁ」なんて思考を持つ貴方!。是非ともリバーサルフィルムを体験して頂きたい。ずっとリバーサルフィルムを使えってんじゃない。3本くらい消費し、なるほど露出ってこういう事ね!、それを理解するだけで一皮むけると思う。
カメラの歴史は如何に面倒な作業を自動化するか、その繰り返しだ。最初はカメラに露出計を持たせた。世界初がツァイスのコンタフレックス。そして一眼レフでレンズから入ってくる光を測光する方式の世界初がトプコンのREスーパー。これが1963年との事。
このカメラ内露出はどんどんと進化し、平均測光からスポット測光、中央部分測光、中央重点測光、そして現在の多分割測光に至る。この多分割測光は今も尚、不完全で発展途上にあり、近い将来、AIを用いてさらに進化して行くのだろう。
そしてこれは露出計としての機能だけではなく、オートエクスポージャー(AE)に発展した。内蔵露出計が測光した露出を絞り優先AE、シャッター優先AE、プログラムAEと言ったように自動的にカメラにセットしてくれる。さらにカメラマンの意思により、カメラがセットした露出をプラス側、マイナス側に補正出来るシステムを造り出した。
次の進化はカメラの目だ。フォーカスを自動制御、そう、オートフォーカス(AF)である。今では当たり前だが1980年代前半まではみんなレンズをクリクリしながらファインダーを見ながら自分の目で合わせるしかなかった(私自身はAFカメラから入った)。
そのオートフォーカスは測距点にあるものを追従してくれるコンティニュアスモードを備えるようになり、スポーツや鉄道、鳥と言った撮影を容易にしてくれるようになって行く。
1990年代、Canonは視線入力AFを造った。EOS5、EOS55、そしてEOS-3に採用され、私はEOS-3でその恩恵に預かった。EOS5とEOS55のそれは全く使い物にならず、一度も使っていない(そもそも測距点5つしかないので視線入力する必要がない)。でもEOS-3は測距点が40個くらいあったのかな?、恐らく中央部分測光域以上をカバーしていた筈。そして上手く私の目にEOS-3の視線入力機能がマッチし、笑っちゃうくらい任意の測距点を選択してくれ、これほどAFを楽に扱えた楽なカメラは後にも先にもこのカメラだけ。
その視線入力、個々の目との相性があり、相性が悪かったら誤動作ばかりで使い物にならないらしく、結局、EOS-3以降採用されなくなった。本ブログで何度か「Canonは視線入力をもっと追求するべきだった」と書いていたのだが、ビックリですがな!。EOS-R3で復活するらしい!、ムッチャ欲しい!、と思ったが、なんですか、縦位置グリップ一体型じゃないですか!。これって50万円くらい?、恐らく庶民には買えないプライスで出てくるのだろうな。
デジタル時代になってAFはさらに進化した。瞳AFだ。今では動物の目にもしっかり合わせてくれるらしい。加えて一度被写体を捉えたらフォーカスエリアを外れても追従してくれる。これはポートレート専科、動物専科には最高のAFだろう。
面白いところでLumixが造り出したタッチパッドAF。背面液晶をタッチするだけでフォーカスエリアを選択出来る。これは便利な筈だったのだけど、左目でファインダーを覗くタイプのカメラマンには不向きだった。鼻先が液晶に当たってしまうからだ。GX7で色々と試行錯誤しながらタッチパッドAFを使っていたが、無念、諦めました・・・。
AE、AFが当たり前、しかも今のミラーレスカメラ(スマホ、コンデジ含む)はモニター、もしくはファインダーで仕上がりを見ながらの写真を撮っている事になる。光学ファインダーの一眼レフカメラであっても多くのカメラマンは撮影直後にモニターで確認、そこでミスを発見したら再びカメラを構える。
そう考えるとスマホだろうがコンデジだろうが本格的なレンズ交換式カメラだろうが、もはやフィルム時代の緊張感なんて皆無ではなかろうか?。
今、フィルムカメラが密かなブームならしい。まぁ「密かなブーム」ってのはマスコミが勝手に考え出したマジックワードでしかなく、実は全くブームにはなっていない、ならないのが常で、あちこちで流行っている訳ではないが、それでも若い世代を中心に需要が上がってきたらしい。
でもどうやら大半の人がネガフィルムを使っているみたい。いやぁ、勿体ない!。ネガフィルムを否定するつもりはないが、せっかくフィルムカメラ、銀塩写真に臨むのならばファッション感覚だけではなく、写真の基礎をしっかりと学んで欲しかったりする。
単体露出計やスポットメーターを用いて、MFレンズで自分の目でピントを合わせろ!、とは言わない。AE、AF内蔵カメラで十分。でも「露出とはなんぞや?、ハイライトとシャドーと何?」、これを理解する為に是非リバーサルフィルムを使って頂きたい。
リバーサルフィルムで表現出来るのは5~6EV、ダイナミックレンジが物凄く狭い。この範囲内でどうやって風景をものにするか?、これをマスターすれば技術は勿論の事、感性までも成長すると言い切っても良いだろう。
輝度差の激しい風景を目にした際、ハイライトを捨てるのか?、シャドーを捨てるのか?、フィルム時代はこれを瞬時で判断していた。どう足掻いても良い写真にならないと結論付けると「見なかった事」にする風景も出てくる訳だ。
デジタル写真ならそんな風景でもカメラのバッテリーとメモリカードが許す限り、パチパチすりゃ良いが、フィルムは1コマ幾らである。現時点だとフィルム代+現像代で35mm判リバーサルフィルムで1コマ50円以上。この50円を有効に使うか、無駄にするか、ここにカメラマンの性格が現れる。
見なかった事にするしかない風景の多くは逆光か半逆光だ。逆光だからこそ美しい風景もあるが、そうでなく、その風景そのもの、例えばトレッキングに見事な滝を見つけた、こりゃぁ名瀑だ!、どうしてもこの滝をものにしたい!、そう感じたらどうする?。
デジタルならダイナミックレンジが広いカメラで写し、RAWから再現像を試みてハイライトを落とすかシャドーを持ち上げるかすれば良いだろうし、それでも飛んだり潰れたりするのならHDRなる手法で解決する。でもフィルムカメラ、銀塩写真ではそうも行かない。どうすりゃいい?。なぁに簡単だ。順光になる時間帯に、もしくは曇天日に再訪すれれば良い。ここで身に付くのが根性だ。絶対にこの風景が欲しいと思ったらものにするまで何度も通う!。
さらに根性を要するのはネイチャーフォトでは欠かせない三脚。現行のデジタルカメラなら1秒で止まるのは当たり前、だからネイチャーフォトであっても三脚はまず使わない。でもフィルムカメラには(Canonの一部のレンズを除けば)手ブレ補正は使えない。即ち、必然的に三脚が必要になる。三脚を持って山に登る根性ありますか?。
リバーサルフィルムで失敗を繰り返すと、それが経験となり、カメラを構えずともどう撮れるかが判ってくる(だから見なかった事にする風景が増えていく)。その経験はデジタルカメラで必ず活きる!。幾らダイナミックレンジの広いカメラでも撮って出しJPGはフィルムライクな風景にする為、ダイナミックレンジをわざと狭くした絵を作る。これはどのメーカーも一緒。
当然撮って出しJPGだけではデジタルカメラであっても見なかった事にする風景が出てくる。でもリバーサルフィルムを経験しているとハイライトがどの程度飛ぶか、シャドーがどれくらい潰れるかが判ってきて、再現像でどう調整するかが見えてくるし、風景を目の前にしただけで「これは輝度差があり過ぎ!、HDRしかないね!」と判ってくるようになるだろう。そして再現像(もしくはHDR時に)具合の良い写真になるように露出をコントロールして撮影するようになる。
先日、スマホでニュースを見ていたらILFORDがコンパクトカメラを出したってさ!。へぇ、どんなもん?。
シンプル操作のフィルムカメラ「ILFORD SPRITE 35-II」。4,620円
な~んだ、1枚構成31mmレンズ搭載で絞りはF9、トイカメラだ。要するに「写ルンです」の筐体がしっかりしたプラスチックになって、かつ自分でフィルム交換出来るようになっただけ。
動画を見る限り、周辺光量もあったり歪曲も抑えられているようでHolgaのトイカメラと一線を画すカメラ。お洒落感覚で銀塩写真を撮るのならお値段も安いし、フィルムカメラ入門には良いかも知れない。でもフィルムカメラの楽しさはそこから先にあるんだと思う。
うちのブログにどれだけフィルムカメラに興味を持たれている方がいらっしゃるか?。多分ほとんどいないと思うのだが、万が一、この記事を読んだ「これからフィルムカメラやってみたいなぁ」なんて思考を持つ貴方!。是非ともリバーサルフィルムを体験して頂きたい。ずっとリバーサルフィルムを使えってんじゃない。3本くらい消費し、なるほど露出ってこういう事ね!、それを理解するだけで一皮むけると思う。
文章では逆光だの半逆光だの述べているが、今日掲載した過去のフィルムから見繕った3枚。順光か光が回っている曇天。結局、逆光、半逆光では見なかった事にしていた風景が沢山あったのだろうなぁ・・・。偉そうな事を書いておきながらちゃんとした作例が見つからない!。最悪である!。
うーむ、私もフィルムカメラ、リバーサルフィルムからやり直した方が良いのかも知れない。やり直すと言うか、やっぱりリバーサルフィルムで写真を撮る時の緊張感とでも言おうか?。
デジタルカメラのように「おうちで再現像して補正!」、そんなてきと~にパチパチするのでなく、いわゆる一写入魂的な感覚で、「この風景は映えるぞ」、「あっちの風景はダイナミックレンジの許容を超えるのから駄目!」・・・、風景を取捨選択しながらのお散歩写真、ここにワクワク感が出てくるんじゃないのかなぁ~。
だから涙を飲んで撤退!、「見なかった事」にする風景が沢山あっても良いんだ。そうやって自分が撮りたいもの、撮れるもの、これを再確認するべきなのだろうねぇ~。
お散歩写真にてデジタルカメラなんて10分、15分で36コマを撮っちゃう時だってある。でもフィルムだとそれが1時間にも2時間にもなる。私はだいたい下町のお散歩写真で4~5本のフィルムを消費していた。6時間程度で150~180枚である。これでも多い方!。
キング・オブ・ケチケチ星人なカメラマンなんて夕暮れまで歩いてもまだ最初のフィルムが残っているなんてざらだった。1時間歩いて5枚も撮らないんじゃないかな。この人は凄かったなぁ。カメラを横位置にしたり縦位置にしたり、寄ったり引いたり、さらにはレンズを交換したりとすったもんだの挙げ句、「うん、駄目!」って言って撮らない!。仲間全員が足を止めて彼待ち。
「シノゴ(4x5、大判カメラ)で写真撮ってんじゃねえんだからシャッター押せよ!」
と良くからかったりしていたが、デジタルカメラに慣れてしまった「我々」の気の緩みを修正するのならこのキング・オブ・ケチケチ星人氏を見習うべきなのかもしれない。確かにこの人の36コマって捨てる写真が少ないんだ。大袈裟に言えばフィルム1本でグループ展に10枚くらいの写真を出せるくらいのクオリティがあったと記憶している。
但し、今時こんなすったもんだの撮影をするのは決してスマートとは言えない。つまり技術はあるのだが、「己が何をどう撮りたいのか?」、それに対して常に迷っていたように感じる。本来ならばカメラを構えずとも「この風景は駄目、見なかった事にする」、これが正解なんだ。
勿論、デジタルカメラなら見なかった事にする風景も写すべきだ。再現像でどうにか出来る可能性があるし、撮らなかったけれど一度は足を止めた・・・、そんな風景は何か引っかかった訳でしょう?。そこを追求するべきでもある。だからこそフィルムカメラ、ダイナミックレンジが狭いリバーサルフィルムを使えば「自分が何をどう写したいのか?」、その答えが出てくるし、技量も上がり、それは全てデジタルカメラに活かせる。
勿論、デジタルカメラでも同じような事が出来る。
まず、ミラーレスカメラならEVFを各種設定を反映させない素通し状態にする。さらに撮って出しJPGの設定にてコントラストを最大にセットし、ISO感度はオートではなく50もしくは100限定で撮る。当然、手ブレ補正はオフである。さらに撮影後の写真は背面液晶に表示させない!。
おうちに帰ってどれだけ露出でミスっているか?。この時点で力量ってものが判ってくる。カメラに助けられ過ぎている自分を大いに恥じよう!。
但し、ここまでしてフィルムを真似るのなら素直にフィルムカメラを楽しむべき。わざわざデジタルカメラでそんな足かせを設けるなんて全く意味がない。趣味なので人それぞれ何をやっても不正解はないが、こんな事をやるのは馬鹿馬鹿しい。笑いものにされるだけ。
但し、リバーサルフィルムで良く撮影されていた方なら今回の3枚を見て判って頂けると思う。1枚目と3枚目は露出を切り詰めている。(測光方法が評価測光であれば)-1EV以上の補正を掛けていた筈。まず空を青くする、その為にはアンダーで撮るべきだし、1枚目は右側の影、これがポイントなので、中途半端にディテールが残っていても無意味。キッチリと黒く潰すべき場所だったりする。
うちのNewF-1AEは中央部分測光用のスクリーンが入っていたから出た目で撮る事の方が少なかったろう。だから2枚目もマイナス補正をしている筈(厳密にはAEではなくマニュアル露出を使っていたのでファインダー内のメーターで判断している)。また、EOS-1NHSは評価測光(多分割測光)を使っていたと思うが、自分のデフォルトはどんな風景でも-0.3EVだった。
この辺の傾向はデジタルの今も変わらないかなぁ。どちらかと言うと暗めに写すのが好き。
うちのNewF-1AEは中央部分測光用のスクリーンが入っていたから出た目で撮る事の方が少なかったろう。だから2枚目もマイナス補正をしている筈(厳密にはAEではなくマニュアル露出を使っていたのでファインダー内のメーターで判断している)。また、EOS-1NHSは評価測光(多分割測光)を使っていたと思うが、自分のデフォルトはどんな風景でも-0.3EVだった。
この辺の傾向はデジタルの今も変わらないかなぁ。どちらかと言うと暗めに写すのが好き。
うーむ、私もフィルムカメラ、リバーサルフィルムからやり直した方が良いのかも知れない。やり直すと言うか、やっぱりリバーサルフィルムで写真を撮る時の緊張感とでも言おうか?。
デジタルカメラのように「おうちで再現像して補正!」、そんなてきと~にパチパチするのでなく、いわゆる一写入魂的な感覚で、「この風景は映えるぞ」、「あっちの風景はダイナミックレンジの許容を超えるのから駄目!」・・・、風景を取捨選択しながらのお散歩写真、ここにワクワク感が出てくるんじゃないのかなぁ~。
だから涙を飲んで撤退!、「見なかった事」にする風景が沢山あっても良いんだ。そうやって自分が撮りたいもの、撮れるもの、これを再確認するべきなのだろうねぇ~。
お散歩写真にてデジタルカメラなんて10分、15分で36コマを撮っちゃう時だってある。でもフィルムだとそれが1時間にも2時間にもなる。私はだいたい下町のお散歩写真で4~5本のフィルムを消費していた。6時間程度で150~180枚である。これでも多い方!。
キング・オブ・ケチケチ星人なカメラマンなんて夕暮れまで歩いてもまだ最初のフィルムが残っているなんてざらだった。1時間歩いて5枚も撮らないんじゃないかな。この人は凄かったなぁ。カメラを横位置にしたり縦位置にしたり、寄ったり引いたり、さらにはレンズを交換したりとすったもんだの挙げ句、「うん、駄目!」って言って撮らない!。仲間全員が足を止めて彼待ち。
「シノゴ(4x5、大判カメラ)で写真撮ってんじゃねえんだからシャッター押せよ!」
と良くからかったりしていたが、デジタルカメラに慣れてしまった「我々」の気の緩みを修正するのならこのキング・オブ・ケチケチ星人氏を見習うべきなのかもしれない。確かにこの人の36コマって捨てる写真が少ないんだ。大袈裟に言えばフィルム1本でグループ展に10枚くらいの写真を出せるくらいのクオリティがあったと記憶している。
但し、今時こんなすったもんだの撮影をするのは決してスマートとは言えない。つまり技術はあるのだが、「己が何をどう撮りたいのか?」、それに対して常に迷っていたように感じる。本来ならばカメラを構えずとも「この風景は駄目、見なかった事にする」、これが正解なんだ。
勿論、デジタルカメラなら見なかった事にする風景も写すべきだ。再現像でどうにか出来る可能性があるし、撮らなかったけれど一度は足を止めた・・・、そんな風景は何か引っかかった訳でしょう?。そこを追求するべきでもある。だからこそフィルムカメラ、ダイナミックレンジが狭いリバーサルフィルムを使えば「自分が何をどう写したいのか?」、その答えが出てくるし、技量も上がり、それは全てデジタルカメラに活かせる。
勿論、デジタルカメラでも同じような事が出来る。
まず、ミラーレスカメラならEVFを各種設定を反映させない素通し状態にする。さらに撮って出しJPGの設定にてコントラストを最大にセットし、ISO感度はオートではなく50もしくは100限定で撮る。当然、手ブレ補正はオフである。さらに撮影後の写真は背面液晶に表示させない!。
おうちに帰ってどれだけ露出でミスっているか?。この時点で力量ってものが判ってくる。カメラに助けられ過ぎている自分を大いに恥じよう!。
但し、ここまでしてフィルムを真似るのなら素直にフィルムカメラを楽しむべき。わざわざデジタルカメラでそんな足かせを設けるなんて全く意味がない。趣味なので人それぞれ何をやっても不正解はないが、こんな事をやるのは馬鹿馬鹿しい。笑いものにされるだけ。

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